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汚染水国際署名

福島原発事故という日本の悪夢は、今なお収束していません - 来る日も来る日も、高濃度の放射能汚染水が私たちの海や土地を汚し、その汚染は今後何世代にもわたり続くのです。極めて危険な状況です:現在、千本を超える核燃料棒を取り出す作業が計画されており、もし、たとえ些細な手違いであったとしても、何か間違いが起きれば、日本史上最悪の原子力事故につながりかねないのです。

止まらない汚染水の漏えいを見れば、汚染水処理という課題に東京電力が対応しきれていないのは明らかであり、専門家らも日本がこの危機を解決するためには、海外から原子力の叡智を集め国際的な専門家チームを設置することが必要であると指摘しています。 世界中が2020年の東京オリンピックに注目する中、安倍首相は国際的な専門家チームの設置に関心を示し始めています-- さあ、手遅れになる前に汚染水処理の国際的な対策チームを設置するよう、日本中から大きな声で訴えてまいりましょう。

http://www.avaaz.org/jp/japan_itff_d/?copy

なお、Avaazとは。

2013年8月3日(土) 第16回月1原発映画祭 「こんにちは貢寮(コンリャオ)」上映会+交流カフェのご報告

[中国語版の報告はこちら]

地域から未来をつくる・ひがし広場 月一原発映画祭は8月3日の上映会で16回目を迎えました。真夏日のなか昼の部・夜の部ともにたくさんのご参加をいただきました。

こんにちは貢寮

原題 「貢寮你好嗎?」 崔 愫欣(チェ・スーシン)監督作品 2004年 台湾緑色公民行動連盟

貢寮(こんりゃお)は台北から北東にある風光明媚な港町。多くの人々が漁業・養殖業をはじめとする第一次産業により生計をたてています。
台湾の原子力発電所に関する資料をひも解いてみると、1970年代に第1から第3原発まで、それぞれ台北市、高雄市の近郊に建てられているのがわかります。第1および第2原発は福島第1原発1 – 6号機と同型。第3原発は加圧水型原子炉。そして第4原発も福島第1原発の7,8号機と同型であり、アメリカが設計して日本により製造されたものです。台湾の電力会社、「台湾電力」は国営であり、国によって原子力発電所が起工・建設され、いずれも経済発展という国策のもとに稼働してきました。
台湾の歴史には、1949年から1987年までの38年に及ぶ長い戒厳令体制があります。第1原発から第3原発はまさにこの時代につくりあげられたもの。
貢寮が第4原子力発電所予定地となったのは1980年。1982年、原発用地が強制収容され、居住していた230戸が強制転居。

1988年台湾電力は貢寮住民への電力説明会を開きました。住民が原子力発電所設立に反対を示したにもかかわらず、翌日の新聞では「住民側が同意した」という報道がなされました。激怒した住民はこれを機に「監寮反核自救会」を結成。
自救会による貢寮でのはじめてのデモ行進が行われました。戒厳令解除後、このデモは民衆を社会的にめざめさせるきっかけとなっています。その後、台北でも慣例となり、毎年1万人規模のデモが行われました。

首相が第4原発建設宣言を行った1991年、「こんにちは貢寮」のテーマともなっている事件がおきました。10月3日、デモの中で住民と警官との衝突が発生。混乱の中で住民は警察に包囲されました。自救会のメンバーで車に乗っていた人たちがおり、彼らの車も警察に囲まれました。火花が散り、緊迫した状況のなかで車はフェンスをつきぬけ、それを追う警察の車でカーチェイスさながらの様相となり、急カーブした住民の車は電柱に衝突して横転。このとき警官1名が横転した車の下敷きになって死亡するという事故がおきたのです。

車を運転していたのが林順源さん。彼はその場で逮捕され、警官を死亡させたため無期懲役の刑が確定。花連刑務所に入ることとなります。10.3事件を知った崔監督は、刑務所にいる林順源さん(以下 源さん)に手紙を書き続け、自救会の活動のこと、原発のことを伝え続けてきました。
当時車に同席していた自救会メンバーは、それぞれに映画のなかでこう述べています。
「警官の車に追いかけられたとき、戒厳令下での白色テロ(為政者による拷問など激しい政治弾圧)の恐怖がわたしたちをおそいました。偶然のアクシデントが計画的犯行とみなされてしまった。わざとやったのではありません。あまりにもひどい判決であると思います。」
住民は反原発とともに源さんの釈放も訴え続けますが、どこからかわからないような脅迫電話がかかってきたり、余計なことをいわないようにという圧力を受けたと証言しています。
事件当時、源さんは兵役をおえたあと漁業で身をたてようと貢寮へやってきた若い青年でした。貢寮の住民にとっては外からやってきた人ですが、深い交流が始まりおたがいが支えあう同志となっていきました。1994年の貢寮住民投票では96%が建設に反対の票を入れています。

1999年立法院は第4原発の建設にともない、貢寮住民の漁業権をはく奪するという決定をしました。交換条件として補償の話をもちだしましたが、住民は自分たちだけでなく子供たち孫たちの未来までとりあげたと激しく反発。
また住民は環境問題という点から、工事による地形・海底の変化、廃土のため地形がかわり川が変形して洪水の危険性があること調査会を通して台北県へ陳情。原発建設敷地内j見つかった原住民の古代遺跡や美しい海岸線の保護をまとめ、監察院へも陳情します。しかし監察院には建設を中止させるだけの権限がなく、台湾電力に対して是正案を求めるだけに終わりました。

1999年9月21日、台湾中央部にある南投県で大きな地震がおこります。もし原発が点在している台湾東北部でこのような地震が起こったらどうなるのかとの思いを抱え、住民は原発の監視を続けます。第4原発はアメリカによって図面がひかれ、日本によって建設工事がおこなわれるという「輸出された原発」。国と国との間に生ずる莫大な利益への圧力があります。海上輸送された日本からの原発部品が到着すると、住民は星条旗や日の丸を燃やして抗議しました。原発を推進してきた国民党が半世紀以上も政権を維持していた当時、住民は政権交代によって政策がかわれば建設も中止されるとの期待を持っていました。

2000年、総統選で反原発を掲げてきた民進党候補者が選出され、国民党が初めて政権を失いました。これにより第4原発建設工事は進捗率35%未満にて中止となりました。朗報もつかの間、その後、建設に対する民進党のあいまいな態度、住民という当事者不在ですすめられる会議、そして現在の不景気の要因はすべて建設中止にあると騒ぎ立てるマスコミにより翻弄される日々が続きます。第4原発建設を政治の道具としないでほしい。台北市でも非核国家、安全な生活環境をスローガンに市民団体による大規模なデモがおこなわれました。
憲法解釈法廷は、第4原発の建設中止について、「建設中止の決定は重要な政策変更であったにもかかわらず、十分な質疑が立法院でなされなかった。一方的な宣言や決定には瑕疵があった。」と判断。これにより国会で臨時議会が開かれ、2001年1月29日134票のうち賛成70票で第4原発建設の続行が可決されました。

映画の中では、一時的に外泊が認められた源さんが貢寮へ戻ってくるシーンもでてきます。
2002年10年以上も刑務所のなかで過ごした源さんが貢寮のみなさんと再会するシーン。だれもが家族のように彼を迎えています。過酷な長い時期を経てもなお源さんの顔にはほほえみがありました。時が流れ20年を超える第4原発反対運動のなかで、幾人もの方々がご高齢によりお亡くなりになられています。

約1時間半に及ぶ映画の中には住民たちのたくましさとともにこまやかな感情がちりばめられています。源さんへの手紙を通して崔監督がとらえた台湾。監督自らのナレーションにより広がる映像。
どうして原発をつくらなくてはならないのかという原点ともいえる問い。
この映画は現在を生きる人々への強いメッセージであるとともに、反原発に関わりながらお亡くなりになられた住民への静かな追悼でもあります。


交流カフェ

当初ゲストに陳威志(ダン・ウィジ)さんをお招きする予定でした。陳さんは現在一橋大学大学院博士課程で社会学を専攻されています。2005年から2008年まで第4原発反対に取り組む台湾緑色公民行動連盟に勤務し、映画上映会のため崔愫欣(チェ・スーシン)監督とともに祝島、広島、北九州などを訪問された経験をお持ちです。
しかし、7月22日、陳さんの弟さんである、陳炯霖(ダン・ギンリン)さんが、海の事故により、30歳という若さでご逝去なされました。台湾の反原発運動と日本の反原発運動を結ぶ、とても重要な役割を担っておられたそうです。
ご冥福をこころよりお祈りいたします。
このため陳さんは急遽帰国され、8/3のご出席はかなわなくなりました。
陳さんの後輩にあたる、李怡修(リー・イシュウ)さんが夜の部交流カフェに参加することをご快諾くださいました。李さんは一橋大学大学院法学研究科博士課程在籍中でいらっしゃいます。
昼の部、夜の部ともに映画をみた感想や意見の交換が活発になされた交流カフェでした。みなさんの主だったお話をご紹介します。こちらからあらかじめコメントをお願いしていた方のみお名前を表記いたしました。

昼の部 (参加者27名)

三宅清子さん:
わたしは1970年代台湾に住んでおりましたので、戒厳令というものがどういうものであるか身をもって体験しています。デモをするというのはまったく不可能であり、たとえば読書会のように小さな集会をもっても反体制ということで、投獄され拷問を受けるという世の中でした。このため政治犯があまりにも多かったのです。わたしはアムネスティにこの事実について報告し、無実である政治犯の釈放運動をしていました。映画のなかで戒厳令解除後のデモを観ました。第1原発から第3原発は戒厳令下でつくられたので、国民はなにかものをいうということはありえなかったと思います。現在でも台湾のマスコミは政治的にコントロールされているので、国民の声が反映されているとは言い難いところです。今日は映画をみて、原発が日本から輸出されていくことのむごさを感じました。

参加者:
日本は原発をどんどん輸出しようとしています。日本では、原発に事故があったとき、電力会社は責任をとることになっていますが、原発をつくった会社は責任をとわれることはないという仕組みになっています。市民は原発をつくった会社を訴えることができないという状態です。東京では原発輸出反対の集会がありますので、どうぞご参加ください。

参加者:
震災後から福島に入り、被災した人のサポートと外部のNPOの橋渡しをしています。福島で起こっていることを発信しています。福島では避難をしている人が多いです。しかし原発事故以前のように住んでいる人もたくさんいます。住み続けている人は住むことを選択している人たちです。家族や自分の健康状態について心配している人ももちろん多いですが、努めてかんがえるのをやめようとしている人たちもいます。行政はまだ線量の高い地域に住民を戻そうとしています。平穏な日常生活を取り戻したいと願う一方で、常に放射能を気にして板挟みになっている状態です。このような具体的な状況を日本から外国へも発信して、台湾、ベトナム、アフリカ、日本が原発を輸出している国々の人々とつながっていこうという活動をしています。人が行き来するのが一番の交流になると思います。今日は台湾のみなさんの活動を映画でみることができてとてもよかったです。

夜の部 (参加者31人)

李怡修(リー・イシュウ)さんのお話し:

この映画が撮影された1999年から2004年は原発反対運動の低迷期でした。その前は台湾の民主化運動が盛んで、学生もデモに参加していました。民主化運動、反原発運動の友であった民進党が政府の中に入っていこうとしていた時期でもあります。反体制を掲げていた民進党は1992年~1994年の間、まず体制に入ってから改革を行おうという政治方針に転じ、理念より当選第一を目指すようになりました。結果として、労働運動や環境問題に対する取り組みとは一線を画するかたちとなり、貢寮から一歩引いた立場となったのです。住民が監察院に環境問題を訴えたのは、もう民進党は頼りにできないとさとったからです。台湾は五権分立の国。行政、司法、立法の三権に監察院と試験院(考試院)が加わります。監察院は権限があいまいで、糾弾することはできるけれども判決をくだすことはできません。映画の中でも監察院は台湾電力に勧告することはできますが、命令することはできないというところがでてきます。

2000~2004年、民進党の陳水扁(ちんすいへん)氏が大統領になりました。この時期、台湾では以前にも増してますます経済が最優先される状況となり、原発問題が軽視される傾向が強まりました。第4原発についてはすでに工事が始まっており、メンテナンスについても経費が発生している以上、中途で中止したとしたらこれまでの莫大な投資はどうなるのかという議論です。また、一時的に中止した時期があったからこそ経済が滞ってしまったという考え方の流れができていました。このまま2010年まで反原発活動としてはさらなる低迷期の中にいました。

2011年3月、福島での事故を機に原発は国際的な問題となりました。台湾でも多くの市民が声を上げ始め、反原発についての考え方が活発になってきました。
この世論をうけ、継続という判決がでた第4原発建設について国民投票によりその是非を問うてはどうかと国民党が提案しています。
「国民投票によって決める」というのは一見大変民主主義的であるように見えますが、実は大きな問題点があります。
この国民投票法は2004年に可決されたもので、有権者の2分の1が投票し、そのうちの2分の1の賛成があれば、法律よりも国民の意思決定が有効となる条件のことをさします。
現在台湾には1,800万人の有権者がいますから、そのうちの50%である900万人が投票にいき、さらにそのうちの450万人以上が建設反対へ投票するなら廃止となります。補足として付け加えますと、これまで台湾では公民投票法に基づき、原発問題ではない他のテーマで6回の投票が行われましたが、いずれも投票率が50%に満たず、投票そのものが不成立となっています。問題が鋭いほど、つまり賛成派と反対派が激しく対立するほど、投票率50%を超えない恐れがあると言えます。投票をボイコットする人々がでてくるという可能性も否めませんが、ごく自然な流れとしてみても、50%というハードルはやはり高いものがあります。
ですから、建設に賛成の人は、わざわざ投票に行く必要がありません。投票率が50%に満たなければ国民投票は無効になり、建設は続行されます。建設に賛成な人、建設にとくに関心のない人が投票に行かなければ国民投票自体が無効になります。この国民投票は「原発の是非を問う」のではなく、実質的に「原発反対を問う」というかたちになります。投票率が50%を下回り国民投票自体が無効になった場合、「原発続行」は黙認されます。
これが一見民主的に見える国民投票の大きな問題点です。もし、日本で将来国民投票が行われることになるなら、この点を考慮にいれないと、どんどん政権によってテーマがなしくずしにされかねません。

平野久美子さん:
わたしは1987年に戒厳令が終わって民主化が始まったころから、取材で台湾に通い出しました。
原発については実際に取材したことがないのでコメントできませんが、非常に政治的なカラーが強いということを感じます。
原発問題は環境問題でもあるのに、まさに政治の道具として使われてしまっています。
台湾の原発問題は日本が技術供与しているので私たちとも直結しています。現在、台湾では、「自分は台湾人である」とアイデンティティを持つ人が国民の70%を超えているという統計もでています。
それは純粋に自分の故郷を愛することであり、反原発運動ともつながっています。これを機会にもっともっと台湾のことを知ってほしいと思います。

李怡修(リー・イシュウ)さん:
おっしゃるとおり、若い世代は「わたしは台湾人である」というアイデンティティをもっています。政治と切り離して将来と原発・環境のことを考えてほしい。これはまさに自分は誰なのかという問いです。
福島からの情報は台湾でもたくさん受信されています。「原発がないと経済がだめになる」、「原発は絶対安全だ」と政治家はいっていますが、このセリフはどこの国でも同じようにくりかえされてきました。
自然エネルギー、とくに太陽光エネルギーについて、日本は台湾より一年を通して雨の日が少ないということで、より適しているのではないでしょうか。

アンケートから
たくさんのご回答をいただきありがとうございます。アンケートのなかからご参加くださった方々の声をご紹介します。

➢ 貢寮のみなさんの粘り強く勇気に満ちたすがたに感動しました。原発については日本のみでなく、世界中どこの国でも同じことが繰り返されていると思います。貢寮の映画をとられた崔監督、ありがとう。
➢ 台湾の反原発に関するドキュメンタリーをはじめてみました。また台湾の政治について、社会についても知ることができてよかったです。
➢ 台湾の歴史、政治や国民投票の流れがわかってよかった。初めて知りました。
➢ みなさんのいろんな意見をきくことができてよかったです。反原発の活動を続ける貢寮の人々の心情と努力に感動しました。心の連帯ができた感じです。
➢ 李さんのお話がきけてよかったです。やはり台湾のかたのお話を直接聞くということが一番であると思います。台湾の人々が今どのように考えているのかもっと知りたいです。
➢ 台湾の原発の現状を知り、愕然としました。まったく日本と同じ状況です。政治的な部分がいつもつきまとっている。
➢ どこの国でも同じ状況なのだなあと。メディアも本来の役割をなしていない。
➢ 貢寮の方々の粘り強い運動が日本の沖縄米軍基地への運動とかさなってみえました。原発を輸出し続けるということは、このような苦しみも輸出し続けるということになると思います。
➢ 受付でいただいた補足資料がとても役に立ちました。

追記:

昼・夜の交流カフェの収益と参加者の皆さまから寄せられたカンパは、すべて、『こんにちは貢寮』日本窓口で、長年台湾はじめアジア他の国々と連携した反核活動を続けているノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンにカンパしました。
(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン http://japan.nonukesasiaforum.org/

また、昼の部にて、上映に際し不手際がありました。お越しいただいた方に深くお詫び申し上げます。スタッフ一同研鑽を重ねてまいる所存です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
つきましては、11月2日(土曜日)、陳威志(ダン・ウィジ)さんをゲストとしてお招きし、再上映を予定しております。詳細は追ってお知らせいたします。

「核」は国が違っても人間に同じ問題を提起します。
どうして原発が必要なのか。
日本でこの映画が上映されることになったとき、崔愫欣(チェ・スーシン)監督はこう序文に記しました。

彼らにとって、原発に反対することは、この土地を愛すること、
この海を愛すること、家族を愛すること

【中国語版】月一核電電影節 ──《貢寮你好嗎?》上映會暨交流咖啡記錄

[日本語版の報告はこちら]

翻譯:陳威志

「從地方創造未來・東區廣場」(地域から未来をつくる・ひがし広場)所舉辦的「月一核電專題電影節」(每月一次),於8月3日的放映已進行到第16回。在盛夏之際,下午與晚間兩個場次都有不少民眾前來共襄盛舉。

貢寮你好嗎?

播放影片:《貢寮你好嗎?》崔愫欣導演作品 
     2004年發行 台灣綠色公民行動聯盟

貢寮位在台北的東北方,是一處風光明媚的漁港,當地人多以漁業、養殖業等一級產業維生。

台灣在1970年代,分別於台北市與高雄市近郊興建了核一、核二及核三廠。核一廠與核二廠所使用的機組是與日本的福島第一核電廠1~6號機相同的(BWR);而核三廠則使用加壓水型反應爐(PWR)。另外,核四廠的機組則採用與福島第一核電廠的7、8號機相同的ABWR,該廠是由美國設計、日本製造的機組。負責興建核電廠的「台灣電力公司」是國營企業,從核一到核四,皆是在強調經濟發展的國家政策下所趨動的事業。

第5回「都民参加への模索」研究会「税理士の目から見た、脱原発」

第5回「都民参加への模索」研究会

日時 11月2日 17:30〜21:00
場所 千駄ヶ谷区民会館中会議室 (80人収用、原宿駅徒歩5分)

話題提供 豊田栄一郎さん 「税理士の目から見た、脱原発」
1.東電自己破産は脱原発の1丁目1番地
2.東電自己破産を妨害する2011年東電救済法
3.2013年10月経産省「電気事業会計規則等の一部改正」の裏

http://www.hayariki.net/mosaku/

福島原発事故の責任を問う告訴のその後について

福島原発事故の責任を問う告訴のその後についてです。

ご存知のように、オリンピック招致決定直後に却下されました。しかも、その直前に、担当を福島地検から、東京地検に移していたのです。
そのために、福島の人々は検察審査会への提訴ができなくなりました。
姑息な手段に抗議して、東京に住む人々が、東京検察審査会に提訴を呼び掛け、本日、台風の中、提訴しました。

汚染水問題に対する告発への参加も同時に、呼びかけています。
委任状がまだの方、どうぞ、ご協力ください。

以下は、告訴団からの呼びかけです。

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この事故の責任追及の道は厳しい出発となりそうですが、雨にも負けず、風にも負けず、歩み続けていきます。

*委任状をまだ提出されていない方は、まだ間に合いますので、どうか今からでもお送りください。
*委任状は、検察審査会用と、汚染水告発用の2種類あります。ご確認ください。

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福島原発告訴団 本部事務局
〒963-4316 福島県田村市船引町芦沢字小倉140-1

祝島からの緊急アクションの呼びかけ

祝島からの緊急アクションの呼びかけです。
①~③は、時間的、距離的に無理なので、④,⑤に協力をお願いします。
以下に転記します。

上関原発。祝島島民の会から緊急アクションの呼びかけです
2013-10-14 11:10:10 | 社会
上関原発にかかる漁業補償金をめぐり、いままた山口県漁協が、祝島の漁師たちに受取りを強要しようと
10月17日午後5時に祝島で総会の部会を開催しようとしています。

それに対し、カネで原発に海は売れん! と受取りをこばむ祝島の漁師有志39名は、10月11日に、県漁協へ書面で申し入れ&質問と再質問をおこないました。

10月15日(火)には、その回答を求め、祝島から下関の山口県漁協の本店へ行きます。

「祝島の海でなし、誰の海でなし。みんなの海じゃから、守らんといけん」
その思いで原発のための漁業補償金を拒みつづける祝島の漁師たちに共感と応援をしてくださる皆さまへ、
この情報の拡散と、 つぎのアクションへの参加(意思表示)を、 ひろく呼びかけます。

<アクションその1> 
10月15日(火)午前10時ころ
山口県の下関市にある、山口県漁協 本店前へ駆けつける!

所在地:〒750-0065 山口県下関市伊崎町1-4-24
 
<アクションその2>

第19回月1原発映画祭+交流カフェのご案内『こんにちは貢寮(コンリャオ)』アンコール上映

11月2日(土)に第19回月1原発映画祭を開催し、
「こんにちは貢寮(コンリャオ)」を再上映いたします。
8月の月1原発映画祭の昼の部で本作品上映に不具合があったため、
今回、8月の時にゲスト参加できなかった陳威志(ダン・ウィジ)さんを改めてお招きしつつ、
アンコール上映をすることといたしました。
前回見逃した方、もう一度という方、ぜひこの機会にご参加ください!
(今回は昼の部1回のみです。ご注意ください)

注目していた台湾・第4原発の国民投票案ですが、
9/26に審議凍結になったと毎日新聞が報じています。
http://mainichi.jp/select/news/20130928k0000m030076000c.html
原発を推進してきた与党・国民党内で総統と国会議長が対立しているため、という気になる状況、
このあたりの話も陳さんから聞けることと思います。
交流カフェでは原発輸出に関してなど、皆さんの情報もぜひシェアをお願いします。

前回8/3のレポートはこちらからご覧になれます。
http://www.jtgt.info/?q=taxonomy/term/5

===第19回月1原発映画祭+交流カフェ===

案内ちらし

11月2日(土)14:00〜17:00 開場13:30 
 14:00〜15:30 映画「こんにちは貢寮」上映
 15:30〜15:50 陳威志さんのお話
 16:00〜17:00 交流カフェ

■上映参加費 500円 *8/3昼の部に参加された方は無料
■交流カフェ参加費 500円(ワンドリンク+軽食付き)]

【映画「こんにちは貢寮」】
1991年、日本から輸出される原発に揺れる台湾の貢寮で、
原発に反対する青年が無実の罪で投獄された。
それから7年、獄中に向けて一人の女子学生が手紙を書き始めた。
進んでいく工事のこと、それでも反核を貫く人びとのこと、
そして志半ばに亡くなっていく老人たちのこと。
原発をめぐる歴史の中で、政治でもなく、経済でもなく、科学でもない、
本当に信じるべきものがきらめき始める。
新鋭ドキュメンタリー作家、チェ・スーシンが6年の歳月をかけた珠玉の作品。
(監督:チェ・スーシン/台湾/2004年/カラー/89分)
http://www.selectourfuture.org/gongliao/

【トークと交流カフェのゲスト=陳威志さん(一橋大学社会学研究科博士課程)】
陳威志さんは、2005〜08年、第四原発反対運動に取り組む台湾緑色公民行動連盟に勤務し、
その間、上映会のためにチェ・スーシン監督とともに祝島、広島、北九州などを訪問。
修士論文に祝島住民による原発反対運動を取りあげるなど、
原発立地地域の問題に関わってこられました。
この映画の背景と共に、台湾の現在の状況、第四原発をめぐる国民投票のことなど
お話しいただく予定です。      

■会場:谷中の家(東京都台東区谷中3-17-11)
メトロ千代田線千駄木・JR日暮里・JR西日暮里下車徒歩7分。
よみせ通り、 延命地蔵を東へ入る、2筋目を南へ入って東側。
築54年の木造耐震補強民家。目印は格子戸。

■定員:30名(予約制)

予約方法

以下いずれかの方法で前日までに予約してください。

申込みフォーム
(申し込み完了後に自動返信メールが送られてきます。
万が一送られてこない場合は、お手数ですが tukiichieigasai★jtgt.info ←★を@に置き換えてください。
のメールアドレス宛に改めてお申し込みください)

メール
 tukiichieigasai★jtgt.info ← ★を@に置き換えてください。
 (件名を「月1原発映画祭申込み」として、参加者氏名・交流カフェ参加有無を明記してください)

電話
090-1265-0097(植松) 

*キャンセルされる場合は必ず事前にご連絡ください。


〈12月7日(土)の予告〉
奇数月に開催してきた〈陰祭〉=スタッフ勉強試写会を公開にして、
どなたでも参加していただける交流試写会とします(定員10名)。
上映内容は当日のお楽しみです。題して、月1原発映画祭〈闇祭〉!

秋の都政わいわい勉強会in東部地区 「貧困ビジネスを考える」

秋の勉強会は、貧困ビジネスから貧困問題を考えます。

貧困者を劣悪な住まいに押し込む貧困ビジネスが猛威を振るっています。
貧困ビジネスは貧困者を搾取し、周辺の良好な住環境も破壊します。
足立区では貧困ビジネス進出に対する住民反対運動が起きています。

日時:10月26日(土曜日)PM 5:30-9:00
場所:すみだ産業会館 9F 第3会議室(墨田区江東橋3丁目、錦糸町駅最寄り)
主催:都政わいわい勉強会in東部地区実行委員会

専用HPは下記となります

http://www.hayariki.net/tosei/

今月の原発映画祭の案内が東京新聞に掲載されました。

10月1日の東京新聞に、今月の原発映画祭の案内が掲載されました。
WEB版は次のリンクからご覧いただけます。

核のごみ 現実知って フィンランドの最終処分場描く 谷中で映画上映

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